試験が始まって早々、教室の入り口あたりが騒がしくなる。
「だーかーらー、忘れ物を届けにきただけだから、えーがには出れないよー」
「いやいや、そんなこと言わないで、話だけでも聞いてよ」
「いま、いそいでるのー! ぴんちんぐなんだからー」
「ピンチングってイイね! そのワード、採用だよ!」
「あー、もう、じゃましないでー」
なにやら廊下で学生が揉めている様子だった。
ああ、もう何事かしらないけど、このまま事件でも起こって、試験が延期にならないかな。
などと、零時が思っていると、
「あ、きっとここだー」
という声とともに教室の扉が開く。
そして入ってきたのは
「ゆ、ユウノさん!?」
思わず立ち上がってしまう零時。
「あ、れーじくんはっけーん! やったー! やっと見つかったよー。会いたかったよ、れーじくん」
半泣き(でも笑顔)のユウノ。
突然現れたセーラー服の女子高生、しかも美少女に騒然となる教室。
「だ、誰だあの子? めちゃくちゃ可愛くない?」(これは零時の友人の鈴木)
「おい、JKだぞ。本物のJKキター」(これは高橋)
「髪の毛、すごい色。でもちょっといいかも」
「なにあの子、モデルかアイドル? なんで教室に入ってきたの?」
騒ぎ出す生徒たちを静かにさせ、ユウノの方に向かう教官。
「なんですか、あなたは?」
「あ、試験中にごめんなさい。あの、れーじくんの忘れ物を届けにきましたー」
「れーじくん?」
「うん、ごぜんれーじくんです」
ユウノは普通に午前零時の名前で呼ぶが、大学では御前令二だ。
「この中に、ゴゼンレイジくんという学生はいますか?」
「あ、あの……すみません。それ、僕のことです」
「なんだよ! また御前なのかよ」(これは佐藤)
「幼女の次は女子高生とか、趣味に偏りがありすぎだろ」(これは鈴木)
突然現れたセーラー服の女子高生、しかも美少女に騒然となる教室。
教官に呼ばれて、ユウノの方へと向かう零時。
いきなり美少女女子高生が訪ねてきた零時に学生たちの好奇心に満ちた視線が突き刺さる。
こんな状況じゃなければ実に誇らしい気分にもなるが、今はそれどころじゃない。
「ど、どうしたんですか、ユウノさん」
「どうしたじゃないよー。れーじくん、起きてすぐに飛び出していったから、これ、忘れていったでしょ。もう、あわてんぼうさんなんだからー。ゆーのが、ダメだよ、待ってっていったのに、れーじくんすぐにいっちゃうんだからさー」
零時にとってはいつも通りの普通の会話だが、
「お、おい……起きて飛び出していったって、まさかあいつ、あんな可愛い子と一緒に暮らしてるのか」
「マジか、羨ましすぎるだろ」
「ダメ、待って! って言ったのに、アイツ、いっちゃったのか? やるな」
ユウノの発言に騒然となる学生たち。
もちろん、ユウノのグレイトフルな言葉もしっかりと誤解されてしまう。
「あ!? これは……!」
ユウノが差し出したのは、この試験で使うレポートの束だった。
零時が徹夜(寝落ちしたけど)でまとめた、このテストの唯一の武器。
「これ、試験に使うんでしょ? 表紙に今日の日付と、科目が書いてあったから、ぜったいに必要だとおもったんだー」
「は、はい! めちゃくちゃ必要なものでした!」
あ、でも、試験が始まってから、こんなのを勝手に受け取ったりして、教官の印象が悪くなったらどうしよう……と、恐る恐る教官の方を見る零時。
「まあ、せっかく彼女さんが届けてくれたんだから、受け取っていいですよ。でも次からは気を付けてください」
話のわかる教官で助かる零時。
「はい! ありがとうございます!」
教官にはユウノが零時の彼女として認識されたらしい。
まぁ、それはそれで悪い気はしないが、ユウノには申し訳ない気がする零時。
「あと、これなっちゃんから。禁断の呪術でれんせーしたお弁当だって」
黒いゴシック調の布に包まれたお弁当箱を差し出すユウノ。
「え? 七罪さんが僕にお弁当を?」
そうか、これを渡そうとしてくれていたのか。と、先ほど七罪が挙動不審だった理由に思い当たる零時。
「これを食べたのに試験にパスしなかったら死ぬってさー。恐怖の愛妻べんとーってやつだねー」
のほほんと笑うユウノ。
「お、おい。女子高生の彼女の他にも、お弁当を作ってくれる愛妻がいるのか? それってもう、どういう人間関係だよ!?」
ユウノの発言にまた騒然となる学生たち。
教官も流石に、いつまでもこのままにしておけないので、
「そのお弁当も受け取って良いですから、君はもう席に戻りなさい。あなたも用が済んだのなら、出ていってくださいね」
「はーい、ごめんなさい。じゃ、れーじくん、ふぁいてぃんぐだよ! テストが終わったら、ゆーのと楽しいこといっぱいしよーねー。なんでもれーじくんのいうこときいちゃうからさー、すきにしていいからねー!」
「ありがとうございます、ユウノさん」
ユウノと零時にとってはいつも通りの何気ない会話だが、学生たちには衝撃的な内容に聞こえる。
「それじゃ、大学生のみなさん、試験中にしつれいしましたー。うちのれーじくんを、よろしくねー!」
とびきりの笑顔を残して、爽やかに教室を出て行くユウノ。
そんなユウノの後ろを廊下にいた学生たち(映画研究会のスカウト)が追いかけて行く。
「あ、あの……お騒がせしました」
右手にレポート、左手にお弁当を持って、好奇の視線の中、自分の席に戻る零時。
その後、ユウノがレポートを持ってきてくれたおかげで、試験はなんとかなりそうだった。
そして、七罪が作ってくれたお弁当は、中央に『呪』という文字が描かれた魔法陣のデザインになっているキャラ弁。
確かに食べたら軽く呪われそうだった。
かなりカオスな世界観のお弁当だったが、手が込んでいるのは一目で分かる流石のクオリティ。
『これを食べた者は、与えられた試練を乗り越えなければ、地獄の業火にその身を焼かれるであろう……』
というメッセージが添えられていた。
直接的ではないけど、つまり「試験を頑張れ」ということなのだろう。
と解釈して、美味しくいただく零時だった。